プロフィール

ヴィクトリアズ・シークレット

Author:ヴィクトリアズ・シークレット
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

私がやった取り返しのつかないこと

菊楽恵さんへ

私去年の10月末の頃にとんでもないあほなことをしてしまいました。

私は今でもまだ親と両親と住んでおります。

私には実は自閉症の弟が一人います。

父は客家系で母は外省系で二人は非常に保守的で厳しい親なのです。

弟が自閉症と診断されて以来、親は全ての期待と希望を私に託したのです。

私は幼い頃からおりこうさんで親の言うことを全てはいはいと受け止める子供ではなく、常に両親と色々な面で衝突していました。

当時台湾で中学を卒業した私は何のとりえもなく、公立の高校に受からず、両親は元々私を軍事学校に送るつもりもありました。(私はのびた君よりも男らしくないので、ある意味父は私を軍事学校という地獄へ送るつもりだったのです)

その後『所詮お前には何のとりえもないから何処かの専門学校の日本語学科で勉強するしかないな』と言われ、私はある専門学校の日本語学科に入学するのを決められました。

その学校は5年制で初めの三年は寮生活が強いられていました。

勿論、小さい頃から親の元を離れたことのない私にとってこの知らないクラスメートの5人と共に一つの狭い部屋をシェアし、共同生活を展開するのは容易ではありませんでした。

その後、何人かのルーム・メイトと生活上のことで揉め事が起こりました。

他人への気配りや思いやり。例えば夜もう就寝時間なのに大声で喋ったり、騒いだりする。

毎朝、宿舎の先生は一つ一つの部屋が綺麗に整理されているのかをチェックするのです。

汚いと3回記録されると罰として金曜日の放課後家に帰ることを許されず、土日に残って学校の整理などをやらされるのです。

あとは鼻炎アレルギーに悩まされている私をちっとも考えず、もう10月なのに冷房をガンガンつけて、私がちゃんと事情を説明しボリュームを少し小さくしただけでご立腹する。

など色々な事件が起こり、お人よしの私もついに我慢の限度が切れ、激怒しました。

その後彼らは私をのけ者にして嫌がらせや心理的ないじめ、例えば言葉の脅し、言語での侮辱などで私を余すところなくいじめました。

その夜は彼らは円を作って私を真ん中に閉じこみ、『かごめ、かごめ』のような場面をイメージしてください。

『お前生意気なんだよ!』 『お前はこの部屋だけではなくクラス全員に嫌われてんだよ!』

当時一体何をされるか分からない私はあまりの恐怖と不安に襲われ、怒りや不満を胸に秘め、ただ黙って奴らに言われるのを我慢し、時間が経つのを必死に待っていました。

その後彼らは去って行き(でもルームメイトだからやはり同じ部屋にいてただ私の傍から離れて行っただけなのです)

私は怒りと不満と恐怖を抑えきれず、一人で机に顔を隠して静かに泣き出しました。

その時、私が親友だと思っていた人(同じくルームメイトでさっきのいじめに直接参加せずそばで見ていました)が私の机に近付き、『お前さあ、この機会でちゃんと自分自身を徹底的に反省したら?もう一度言うけど、お前のことが嫌いなやつはこの部屋だけじゃなく、クラスの連中もお前のことがキライなんだよ』とタイミングよくとどめを一発刺してくれました。

あの時は屈辱で悲しくてすぐ家に飛び帰りたい気分で一杯でした。

しかし、夜の宿舎出席はもうとった以上特別な理由(風邪、怪我)そして親の許可を得る限り宿舎からの外出は許されませんでした。

その後両親にも明かしましたが、返ってきた答えは『みんなこんなに大勢の子供達がお前と同じ環境で生活しているのに何故お前にだけこんなことが起こるんだ?』

『あんた自分で反省したことある?』 『きっとあんたが悪いんだよ』と返ってくる答えは全部このような答えで結論はお前が悪い=他の子はこんな問題に遭っていないのに何故お前だけ?

という結論で終わり、私は親に完全に絶望しました。

勿論転校の意欲も述べましたが親は耳を貸さず完全に無視しました。

クラスの担任も『鍾クン、君の考え過ぎなんじゃないの?』

『ほらさあ、男の子達って辛辣な物言いや毒舌で乱暴な言葉遣いをする時もあるんだから、先生はあなたの意識しすぎだと思うわ』

と担任のおばさん先生も全然僕のことなんかどうでもいいって態度でした。

その時は学校では辛くて苦しく、家に帰っても親とは衝突するばかりだし、私にとって温もりや安らぎのある場所は全くなかったのです。

その時の自分も性欲が芽生え始め、自分は男性が好きだと言う事実に気付き始めました。

その時私は黒人の男性と白人の女性の異人種ハードコアポルノと日本人女優とアメリカの黒人男優とのアダルトビデオにはまっていました。

実際自分が初めて米国のハードコアポルノを見たのは小学校5、6年生の時でした。

その時初めて性欲ってこういう感じなんだなって分かりました。

自分が注目してるのは殆ど男優で女優はただどやって男優とファックするのかを注意していました。

そしてアメリカ人って大胆にリラックスな気持ちでセックスをエンジョイできることを不思議に思い、羨ましく思いました。

ちなみに小学校の時はじめてみた黒人と白人女性がエッチした時の男優は黒人男優のショーン・マイケルズでした。 下の画像の方。

ショーン・マイケルズ

ショーン・マイケルズ

この前日本のAV女優と日米合作のアダルトビデオにも出ていた記憶があります。


その後学校と家庭の両方で苦痛を感じた私はこの世に何の未練もなく死んでもいいかなと思っていました。

実際に自殺する勇気がない私はインターネットのチャットルームでセックス相手を探し、一度会ってみましたがオーラルセックスの要領が悪いと同時に相手の顔は気持ち悪く全然私の好みやタイプではありませんでした。

結局そいつのペニスを口に入れることはできず(少しだけ唇と接触しましたがやはり口に入れるのはできず拒否反応と吐き気と嘔吐が私を襲い私はノーと表明し、すぐにその場を去り家へ帰って何回も水でうがいを繰り返し、ベッドで一人でめそめそ泣き始めました)

その後は掲示板であるゲイの男性を知り合い、欧米のゲイポルノを彼から貰いました。

この男性との出会いは全く偶然で最初私は掲示板で『台湾で黒人のゲイと知り合うことのできる場所はありますか?』と書き込みをして、その男性が外人と知り合える掲示板のアドレスをくれて、私と彼は友達になりました。

最初はある黒人と知り合いましたが彼は彼氏があって、その彼氏は目が見えないか耳が聞こえないどちらかの障害者の方でした。

私はその黒人にキスを奪われその後自分はただのおもちゃだと知り私は激怒しました。

携帯のメールでニグロやAssholeなど自分が知っている卑語を使い尽くし、彼と絶交しました。

後に自分の大事なバージンをきもい中年おじさんに奪われることと比べると初キスを奪われるのは大してことではないと思いますが少なくとも当時の自分にとってファースト・キスを黒人詐欺師に奪われるなんて『セックス・アンド・ザ・シティ』のシャーロットと同じ純情でピュアだった私はどうしても怒りを隠せませんでした。

その後、その掲示板でフランス人のおじいさんと知り合いました。

当時私は米国好きで、まだフランスびいきではなく、イタリア、スウェーデン、ドイツやポーランドましてウクライナやロシアやアルメニアなどのの国々に興味や関心はありませんでした。

私も黒人詐欺師のパターンと同じそのフランス人おじいさんのマンションへ行きました。

私達はベッドで全裸になりオーラルセックスのみしました。

私は何だか異常に喉が敏感で尺八をするのが上手くできず吐き気や嘔吐に襲われ、そのおじいさんが私のぺ○スを奉仕してくれました。

しかし親と住んでいる私は自由な時間はあまりなく、この関係が親にバレルのを極度に恐れ、エイズに感染するのを恐れその後彼の携帯の番号も失くし連絡を失いました。

その後編入生試験で大学に受かった私は大学の日本語学科に入り質の良いクラスメートやいい先生に恵まれ、楽しい大学生活を送れることができました。

その後大学卒業が間近に迫り、親は今後の進路について私に聞きました。

その時私は特に考えずに『フランスへ渡り、語学の勉強をして俳優になりたい』と述べました。

勿論父や母からは小ばかにされ、『あんた本気で言ってんの?』

『英語すら上手くできないお前に一体その自信の源は何処だ?』と聞かれ。

『広末涼子ちゃんが山葵でフランス語会話を一語一句丸暗記できるんだったら私も広末涼子ちゃんみたいに一生懸命頑張れば何とかできると思う』と言い返しました。

『ゴン・リーみたいな女さえ国際進出できるのなら、何で私にはできないと言うの?』

『私もソフィー・マルソーみたいに気品があってエレガントだから私のアジア人である美しさを理解してくれるフランス人は必ずいると思う』と連発で言い返しました。

クリスティン・スコット・トーマス、シャーロット・ランプリング、ジェーン・バーキンやジャクリーン・ビセットのような人達みたいに私もフランスで新しい人生や希望が私を待っているのかもと自分でそう思いました。

両親は『お前にそんなたわけごとを叶えさせる余分な金など我が家には一銭もない』と言う結論で私はどうすることもできなくなりました。

その後親の命令に従い大学院に受かった私は今依然としてなす術がない状態です。

去年の夏休み、私は親と冷戦状態でした。

クラスメートの多くは日本へ交換留学生として日本で楽しい生活を送ることができるのに対し親はそんなお金などないときっぱり断りました。

従兄弟のお姉さんや弟たちはイタリアやフランス、アメリカへ行ったことがるのに対し、私の親は一銭も私に外国へ行かせませんでした。

小さい頃から厳しい躾とスパルタ教育を受けてきた私は親の言うことを聞かない場合やテストの成績が悪かったりするとひどく叩かれる仕打ちでした。

特にほっぺたをひっぱたかられるのはしょっちゅうあることでその後テレビのニュースでこのような行為によって聴力にダメージを与えるというニュースが発表されるまで私はよくこのようなお仕置きをされてきました。(それでも時々父は自分をコントロールできない場合はこの方法を使います)

飯島愛の自叙伝を読んだ後、彼女の心境や親に対する不信や憎悪、大人に対する不信感、生涯ずっと愛されることを求め続けた彼女の気持ちは私には痛切に伝わって共感できる部分は多いのです。


夏休みの時私は殆ど父と母と言葉を交わしませんでした。

そして父は私が田舎のおばさんの家へ遊びにいき留守の間に私の部屋に入りパソコンを作動し、中身の内容を見て私がホモセクシュアルであることに気付きました。

私が家に帰り、父は私に私のパソコンの中で彼が発見した事実を私に問い詰めました。

私は嘘をつきたくないので全て正直に打ち明けました。

フランスやイタリア、スウェーデンやノルウェーに憧れていたのも海外へ行って自分の恋を探し、悠々自適でうちの家族や親戚から逃れたかったのだと一部始終全部隠さずに認めました。

父はただ黙って口で『なんてこったい、家にはお前の弟のような自閉症で普通じゃない子供が既に一人いるってのに。』 『家は呪われたのだろうか』などと一人で自問自答し、涙が閉め忘れた蛇口のように父の顔を横切りました。

その後父は『お前これからどうするつもりだ?』と私に聞き。

私は『私は自分の問題で他人を騙したり利用することはできないから、何処かの女の子と結婚して異性愛者を装うのは不道徳でこんな悪質でひどいことは他人にできない』と答えました。

父は私が留守の時に病院の先生に相談し私の状況をその先生に話したらその先生は私は仮性のホモセクシュアルで本当のゲイではないと父に話したのです。

今でも父はやはり私が異性愛者に戻ることを期待していると私は思います。

とりあえず、無理に結婚を強いないと約束してくれました。

ですがその後私はある日ネットで欧米ボディビルダーの写真を見ている所を父に目撃され『お前は何て不潔で淫らなんだ』と叱られました。(別にポルノじゃないのに、文句があればシュワちゃんやボディビルディング連盟に文句を言ったらどうなのさ)

運が悪かったのはちょうどその時弟がかんしゃくを起こしている最中で、父とは母は怒りを私に全て当てつけました。

そして私も怒りを抑えきれず婉曲で優しく『私も一応人間だから性欲があってもおかしくないじゃない』と不満を述べ

『もし私が何の性欲もなければとっくに私はお坊さんや神父やファザーになってるよ』と私も自分が好きでこんなことをしてるのではないという意思を明かしました。

まじおもろいのが家の母はすぐに『なんでお坊さんや神父さんたちはちゃんと我慢できるのにお前はできないの?』と答えました。

おいおい、お母さん、あんたは人の話をちゃんと聞いてるのかよ。俺はお坊さんや神父さん達とは違うってさっきから言ってるじゃん。私はちゃんと中国語で話していて外国語なんか使ってねえよ。

特に母は深夜も私が起きてるか寝てるのか突撃チェックするんです。

一人でリラックスしてマスターベーションできる空間はないし、外のゲイバーにも行けない自分は本当に北朝鮮に監視されてる田口八重子さんや横田めぐみさんみたいな感じです。

その後私は極度の憂鬱と未来への不安に襲われ続けている状態です。

もう自分は25歳だし、外でバイトの経験はゼロで、台湾のバイト機会は日本みたいに多くないし、親に頼らず自立して外国へ行きたいけど実現できそうなめどが見えない。

あと兵役の問題もあるし、私体力もスタミナもないし生きて帰って来られるかな。など色々な問題に悩まされ、ネットのチャットルームであるおじさんと知り合い待ち合わせしてエッチしました。

当日そのおじさんの顔を見ると私は自分の好きなタイプじゃないと分かっていたのに彼の車に乗り、モテルで自分のお尻のバージニティを失いました。

勿論相手のおじさんはコンドームを着用したし、アナルセックス(私が受身)だけで、ブロー・ジョッブ(尺八)はしていないし、精液を飲んだり唇触れたりしませんでしたがやはりエイズのことが心配で自分は何て馬鹿なまねをしたのだろうと今でも凄く後悔しています。

今週私はこの恥ずかしくてけしからん行為を従姉妹のお姉さんたちに白状しました。

勿論二人は凄く怒って『あんた一体何考えてるの?』とひどく叱責されました。

『知らないおやじの車に乗ってモテルでエッチするなんて、もし変態や変質者に遭ったらあんた生きて帰ってこられるとでも思ってたの?』とがんがん叱りました。

その時私は『何だか自分が飯島愛が芸能界を引退する宣言のように、私も自分がこれ以上台湾にいても未来や将来性が全く見出せないし、どうせ、もう25歳で私は後数年後経てばじじいになり、色気や才能もないこのような私を愛する人なんている訳がない』と絶望感を語りました。

もう自分なんかどうなってもいいとヤケクソになり、エイズになって死んじゃえばもうこんな台湾で苦労せずに済むと私はそう思いました。

勿論、経済的に恵まれていない我が家じゃ何もかも絶望で希望なんて全然見えっこないし、台湾元は日本円やドルやユーロみたいに強い貨幣じゃないので私が外国へ行ける可能性なんてゼロ。

たとえ自分で頑張ってお金を稼ぐとしても、現在の経済不況や金融危機の状態で私には何のチャンスもない。

たとえお金が足りた時がきても、その時はもう40,50才の年頃で、中高年や老人の留学や海外へ移住するケースなんて古今東西前代未聞だと思う。

元々お色気がない私は、頭は空っぽで筋肉隆々のナイスボディはないし、ペニスはちっちゃいし、アジア人だし、こんな私を好きになってくれる外国人がいるとはどう考えても不可能。

今は旧正月の終わりを待ち、病院へ行ってエイズの検査をすることに決めました。

エイズ
スポンサーサイト

テーマ : 健康第一 - ジャンル : ライフ

<< エイズ検査の結果は無事セーフだった | ホーム | ステファニー・シーモア >>


コメント

正直すぎます

すごい告白文ですね。驚きました。

逃避として海外ポルノにハマったのも、そうですね、私も逃避として萌えアニメにハマりましたからね。セクシュアリティーの苦しみから二次元世界に現実逃避するという意味では共感しますね。アニメの世界こそが本当の日本の学園の姿だと思いますんで。

そうですね、人間って老化さえなければいいんですけど、残念ながら時間が経つと若さが失われますから、自分とエッチしたいと思う人もいなくなるし。問題は若いときは金がなくてなにもできない、そして金ができたときはもう年だからなにもできない。一番いいのは若いときに金があることですね。青春が過ぎてしまったという絶望、だからみんなファウスト博士になってしまうんですね。私も青春を回復したくてアニメを見てます。そして私の夢はいずれ遺伝子工学が発達して若さを取り戻すということです。そして人生をやり直すことです。経験できなかった青春をやり直すのです。しかし現在はそれは無理なので、アニメを見て逃避するしかありません。

自分の次の世代がよりよい社会で自由を謳歌するんじゃなくて、自分が自由を謳歌したいんです。だから、子供なんか持ちたくないんです。子供を持って子供に自分の夢を託すんじゃなくて、自分が夢を達成したいんです。夢を全部子供に託すなんて、それこそ悲しいじゃないですか。絶望を受け入れてるんですからね。また子供に「オレの叶えられなかった夢を実現してくれ!」なんて子供にとっても迷惑な話だし。

たしかに黒人の肉体はすごい。しかし、私は男嫌いなので、マッチョは私と相反するものです。私も背が低くて痩せ形で喧嘩が嫌いなおとなしい性格ですから、体育会系男社会にはヘドがでます。子供のころは「女の子みたい」と間違えられるほど近所のお姉さんたちに人気があったんですが、思春期になると一気に女性が周りから消えてしまいました。それ以来、ずっと女性にたどり着けませんでした。だから、百合アニメにハマってしまったのです。『Lの世界』なんか、天国かと思いましたよ。

それにしてもまったくふざけた親ですね。子供というのは親を選ぶことが出来ないので、本当不幸です。アメリカも児童虐待、家庭内暴力、性的虐待などで本当どうしょうもない最悪な親ばかりです。親の意向で自分の人生が決められるのもたまったものじゃない。アメリカで親が子供を殴ったりでもしたら裁判沙汰です。そんな家庭内暴力を受け続けたら、自殺したくなるのもわかります。台湾ではそこまでの意識がないのでしょうか?それは子供の人権問題にかかわります。

だから、親ではなくて、政府が大学の授業料を援助するべきなんです。オバマ教育政策でも、150時間コミュニティーサービスを行えば4000ドルの学費を政府が約束してくれるようにするようです。

私の教授も親に技術者になれと言われ、それに反抗して軍隊に入り、それで学費をもらい、人文科の教授になりましたから。私の女友達でアメリコアに入隊して、そこでシカゴの貧困層の家庭教師をし、それで学費を政府からもらい、写真を勉強しましたからね。多くの学生が軍隊や海外援助隊に入ってそれから大学に行ってます。アメリカは自分で道を切り開くシステムが整ってるのでしょう。

オバマの母親も政府から食料配給券まで受給しながら勉強して人類学者になりましたから、社会資本の整備というのがいかに重要かです。

台湾には海外援助隊というのはないのでしょうか?アメリカではフランス語ならフランス語の集中コースがあって、そこでフランス語を習い、フランス語圏のアフリカ諸国とか援助をしに行くのです。私の知り合いもスペイン語を習ってホンジュラスに行って援助に行ったり、フランス語を習ってコンゴに行って援助活動したりとしてました。オバマは海外援助に力を入れると言ってるので、これからもっと海外部隊は増員されると思います。

まぁ、私はたぶん日本に住んでいたら、自殺してたでしょうね。あそこは自殺を助長する空気が支配してます。自殺しなくても周りがゾンビですから、自分も死人のようにさまよってしまうのです。だから、渡米して良かったです。オバマが出て来て、革命に参加することで、はじめて生きてる気がしました。

私も一時期メキシコに行って売春婦とエッチしまくって果てようと思いました。自殺願望というか、もう「どうにでもなれ!」っていう自暴自棄な気分でしからね。自分の好きだった娘はレズビアンだし、だから絶対にセックスできないし、とにかく女性とセックスできなくて苦しんだので。でも、いざメキシコに行って売春宿の前を通るとヤクザがたくさん勧誘してきたんです。だからやめました。ヤクザとはかかわりたくないですし、人身売買なんかやってるヤクザは世界から絶滅しなきゃいけないと思ってますので。だから、私は健康のままです。

まぁ、でもオバマ政権に期待してるのはエイズまたはすべての性病の撲滅ですね。そうすれば、もっとセクシュアリティーは解放されると思います。エイズが治療可能だったらみんなここまで深刻になることはないですから。

寮生活もなんで一人一部屋がないんですかね?プライベートな個室は絶対に必要ですね。なんで一人一部屋って建物にしないんでしょうかね?プライバシーは人権の基本ですからね。

飯島愛の『プラトニック・セックス』には私も大変共感しました。というか、彼女の文章力に驚かされました。あれは将来作家になってたんじゃないかと思うと残念です。彼女も不幸な家に育ってしまったものです。

台湾人さん、こんばんは

まだ25歳で「自分なんかどうなってもいい。」だなんて…。
そんなの絶対におかしいです!
お金、お金、お金…なんとかならないのかな…。
大学院に通っていらっしゃるのですよね?
アメリカの大学院への進学を考えてみられては?
博士課程の場合、基本的にスカラーシップとかTeaching Assistantshipなどでサポートされ、自費でまかなう必要は殆どないと思うのですが…。
台湾出身の在学生の方がいらっしゃる大学などにメールして、お調べになってみてはいかがでしょう?
余計なお世話だとは思いましたけど、自分で自分を追い詰めていらっしゃるような気がして、読んでいて辛くなりました。
本当なら何もかも楽しくて仕方のない時に、こんな…。
自棄にならないで、色んな可能性を考えてみていただけたらと思いますv

ありがとうございます

蛍さんへ、暖かい励ましのお言葉ありがとうございます。

私って変な所で異常に執着したり考え込んだり、思い詰める場合が多いんです。

私って結局のびた君より駄目な男かもしれません。

私も癌の闘病に必死で頑張った長島千恵さんの勇気やガッツが三分の一さえあればいいなと思います。

今は旧正月が終わり、エイズ検査を受けようと思っています。

文章では死んだ方が楽などと怖い者なしのような態度をとっていましたが、実際正直言うとやっぱり死ぬことやエイズに罹ることは怖いです。

親の反対の問題もありますが、頑張ります。

もし本当に夢が叶わなければ諦める覚悟もあります。

人生って年を取るのは意外と早いし、時間は私のようなならず者を待ったりはしませんから。

前世、何か悪いことしたから今は台湾人として因果応報を受けているのかもしれません。

死ぬことや危ないまねは絶対にしません。

こんなに話を聞いて頂ける方々に知り合えたからもう一人ぼっちや誰も聞いてくれる声がないとは思っていません。

エイズの結果、やはり無事の結果を望んでいます。

結局弱虫で口だけ達者なのかな?私って。

台湾人さん

こんにちは!

HIV検査を受けるのですね。
(HIVに感染して発症するとAIDSに)
それは大変心配でドキドキだと思います。
私もHIV検査を受けたことがあります。
結果は感染していませんでしたが、結果を知るまで
それはもうドキドキ心配でした。

もしもの時に供えて、感染したらどうしたら良いのか???を考えると心配が減りました。

1人でこの重荷を背負っていくのは大変なので、
誰かとこの悲劇をシェアできればと思い、調べると
感染者同士悩みを打ち明けられる自助グループの存在と
感染してもAIDSを発症しなければ普通の生活は送れるのですから医療費などを相談できるサポートグループがあることが分かりました。

そういうグループが存在しているということで、
もしもの場合も大丈夫!と心強くなりました。

お互い病気もないことを証明してからセックス関連の行為ができればいいのですが、押さえられない衝動とか酔った勢いとか、理想とはかけ離れた行為に及んでしまうことがあります。
しかし、初めての相手で信頼関係が築けてない相手とは
セックスをしない!しかし、してしまう時は絶対コンドームを装着してセックスもオーラルもする!と自己防衛のために唱えて念じています。
しかし、私の場合はそんな機会もさっぱりの今日この頃(笑)です。

ところで、これまでの人生の辛い部分をお書きになられ、しかも発表したことは本当に大変だったと思います。その勇気、素晴らしいと思います。

これからもどうぞよろしくお願い致します。

追伸:ニューヨークには黒人のゲイが99%のクラブがあります。ジャスティン(白人)は時々行っていました。
楽しいらしいです。

仕事を見つけて、まずはご両親から自立されることを一番に考えられるのがいいと思います。

自分を認めない人たちにぶらさがって生きているのは、ちょっと怠惰かもしれません。もう成人なのですもの。

いきなり海外脱出は無理かもしれませんが、自立して両親から離れることはできますよね?

がんばってくださいよ。

blog読みました

blog読みました
貴方の感じている閉塞感、行き場の無い怒りを思い、胸が痛みます。

あなたが自分の全てを打ち込めるモノ、人に出会えるよう祈っています。

排肉飯♪さんへ

排肉飯♪さんへ、コメントありがとうございます。

台湾、中国などの後進国はやはり中国のくだらない孔子や孟子などの儒教思想や父権思想さらに親の肥大化で過大な権力がガン細胞のように社会全体を虫歯っています。

英語の単語のjudgmental=説教臭い のように台湾人や中国人や華僑を含む全ての中国系の人達には自分の価値観や信仰や思想を他人へ無理矢理押し付けたり、批判したりこき下ろしたりするのを日常茶飯事のように行っています。

子供が親を選べないと同様に人種や出身国を選べないのが人生の残酷なところです。

これからも頑張ります。(希望や見込みは依然として混沌で迷走気味ですが)

やはり神様が残した一番フェアなことは死だと思います。

先進国の国民、後進国の国民、綺麗な人、ルックスに恵まれてない人、お金持ち、貧乏人、白人、黒人など人種を問わず人間は皆いつか死ぬのです。

これがある程度一番フェアなことだと思います。

私は、ちょっと違う考えを持っています。
両親も、兄弟も、生まれる国も、病気も、すべて自分が最も成長できるように、自分で選んで生まれてきたという考えを採用しています。
そのほうが、「生きがい」があるもの。

人が生まれてきたのは、生まれてきたその環境でどれだけ学べるか、自分の魂を磨けるか、ということだと思うんです。

だから、エゴは不満で、不服でしょうがいないかもしれないけれど、魂の勉強の場という意味では今自分のいる場所はバッチリなのですよ。ちょうどよいのです。

生まれた環境や条件を乗り越える強さを身につけることが、とりあえず、台湾人さんの今の課題ではないでしょうか?

誰かのせいにしないことです。

今、台湾という国に生きていることを否定しないことです。

その古くて?不自由な国で、心自由にどこまで生きていけるかをあなたは試されているのではないでしょうか?


試練や苦痛だらけの人生の意味って一体

世の中には私と違って強い人や楽観的な人がいるのは本当に感心します。

私はただの普通の人間でジャンヌ・ダルクやキリストのようなとてつもない強さは持っていません。

もし絶え間なく苦痛を受け続けることが試練や磨きであるのならそんな苦しみだらけの人生は欲しくありません。

乳がんで若い年で命を落とした長島千恵さんは『みなさんに明日があること自体が私にとって奇跡のように思います』という言葉を残しました。

しかし希望や幸せが全く見えない明日が永遠に続いても私には生き地獄にしか感じません。

ゲイの話はさておき、『台湾人』でいる事自体が想像を絶する苦しみなのです。

国連には加盟できない、外国へ行っては軽蔑される、台湾の国際的地位を認める先進国はゼロ、台湾のパスポートなんて超使いにくいし、どの国へ行ってもビザが必要で、手続きは他の国より倍面倒でこんな国の国民でいること自体が地獄なのです。

GDP,GNP,国民所得如何なる数値でも台湾は低いです。綺麗な町、福祉制度、教育水準は恥ずかしいからなおさら言えません。

まあ、簡単なアンケート調査をして、台湾に移民して台湾の国籍を取得したい人の総数の調査をしてみれば一目瞭然でしょう。

トリノ、ジェノヴァ、ミラノ、モスクワ、キエフ、ワルシャワ、東京、大阪、福岡、神戸、パリ、ナント、ニース、カンヌ、クレルモンフェラン、ルーアン、ブレスト、モナコ、チューリッヒ、ローザンヌ、ダブリン、ニューヨーク、ロサンゼルス、フィラデルフィア、サンフランシスコ、サンディエゴ、ロンドン、エセックス、サセックス、サフォーク、ノーフォークなどの都市を台湾と比べると月とすっぽんじゃなくパメラ・アンダーソンとソフィー・マルソーです。

まあ、アングロサクソン系の白人にとって英語はフランス語と関連があるし、同じA,B,C,D使ってるから学び易いし、英国や米国は生活水準が高いし、フランスなどのヨーロッパの国へ行っても同じ白人だから軽蔑されない。

日本人は英語のほかの外国語も重視してるし、NHKにもフランス語やイタリア語の会話教室の番組もあるし、教材や外国語や外国を紹介する本や雑誌も充実してるので素晴らしいと思います。

もし人生がこんなにもアンフェアで不可能で過酷な試練がノンストップ続くのなら、やはり『死』が一番公正で平等のような気がします。

一生一度の人生がこんな生き地獄のようなものだったら、一体どんな楽しみや幸せがあると言うのだろう?

植物人間のように安楽死或いは自然死を待つまで解放されない人生なんて死んだ方がましだと思います。

こんにちは。初めての書き込みです。

これまで、いろんな辛い思いをされたんですね。
僕は日本人ですが、田舎の山奥で育ったので、閉鎖的で抑圧された環境の中でゲイとして生きるということが、どんなことかはよく理解できます。人生に対する閉塞感と、自分への嫌悪感、そして周囲への怒りや不満。ゲイとして生まれるのだとしても、都会に生まれたり、お金に余裕がある家に生まれたかった、なんて考えることもしょっちゅうでした。

だけど、それは受動的な考えだったんだと、今は思います。
環境が悪いのであれば、環境の良いところへ向かって、自分の考えと行動で、出て行く努力をしなくてはいけないのでしょうね。それは、とても不安なものだし、辛い思いの連続です。だけど、自由を求めるならば、その分の対価を支払わなくてはいけないんですよね。

地方での生活だと特に、家族や周囲とのしがらみが多くて、そこから飛び出すことは難しく思えるものです。だけど、このまま、怒りの感情を押し込めて、周りを恨みながら毎日を送る人生は、悲しいでしょう?その状況から飛び出したいと思うならば、今がその時なのだと思います。だから、勇気を持って、自分にどんな方法があるのかを考えてみて下さい。

僕が提案できることとしては、奨学金を取って、海外への留学を目指すことです。
大学院に行かれているということと、これだけの日本語の才能があるのであれば、日本への留学は高い確率で実現可能だと思います。そして、自分に力をつけて、それからアメリカやヨーロッパを目指すのでも決して遅くはありません。

日本には、公的機関が海外からの留学生に対して、学費と生活費を保証する奨学金(というよりはFellowship)があります。
「日本学術振興会」で検索してみて下さい。そのページの「特別研究員」という項目がそれに該当します。博士課程に進学しようとする学生、または博士号を持つ研究員に対する制度で、海外からの人も受け入れています(海外の人を優先するという話も聞いたことがありますよ)。
申請書の締め切りは、毎年5月です(採用されるのは翌年の3月)。それまでの間に、留学したい研究室をさがして、そこの教授と連絡を取り合いながら、どんな研究をしたいのかを詳細に記述した申請書を作る必要があります。もちろん、競争的資金なので、良い申請書が書ければ、確実性が上がります。早く準備を始めれば、その分良い申請書が書けますよ。
ポイントは、良い教授を選ぶこと。実績だけでなくて、人柄も大切です。

まだ25歳とのこと。
人生はそこからだと思うし、それに自分の行動で環境を変えるには、まさにベストの時期だと思います。自分の人生を自分の力で進めることは簡単ではありませんが、苦労とともに、だんだんと自分の世界が広がることを実感できると思います。色んな人と出会って、たくさん話をして下さい。得られるものがたくさんありますから。

偉そうなことをたくさん書いてしまいました。
僕も、あなたの少し前を進んでいるだけで、まだまだ不安だらけの毎日を過ごしています。才能もないし、お金もないし(笑)。だけど、少しずつで良いから、前に進んでいきたいと思っています。

長文の書き込み、失礼いたしました。

まずは、親から離れた方が良いですよ。

元気ですか?

はじめまして。
以前太賀麻郎の記事にコメントをいただいた者です。
nobodyと申します。
記事、読ませていただきました。

台湾人さんは、日本語を習得されて、それでブログまで書いているではありませんか。
凄い才能をお持ちだと思います。
それだけのことができるのだから、きっとうまくやっていけると思いますよ。自信をもって下さい。
私なんか何もできないので、もっと悲惨な人生を日本で送っています。

もう30代になってますよね。
今どうされているのかなあ。

とにかく私は台湾人さんを応援してますよ、あなたは一人前の生きていく力を立派にお持ちですよ、ということを伝えたくてコメントしました。
ではまた。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。